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プロフィール
HN:
GON・狐
年齢:
44
性別:
非公開
誕生日:
1981/01/15
職業:
UNKNOWN
趣味:
PBC、読書、映画、カラオケ
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――そんなことは無理だからやめとけと誰もが言った。
――本当に無理だとは思わなかった。
――本当に無理だとは思わなかった。
出会いがしらの十秒で嫌というほど思い知らされた。
正確無比の照準が、情け容赦もない斬撃が、迷いなど一つもない追撃が、男に襲いかかってくる。
強い。
強すぎる。
こいつは化け物か。
すでに戦意など喪失しきっていて、それでもただひたすらに死にたくはなくて、男は手にした得物をがむしゃらに振り回す。
面白いように一つも当たらない。
対戦相手の、外骨格に覆われた黒と茶色のだんだら模様の、四対計八本の巨大な攻撃脚が、無造作に男の繰り出した渾身の突きを弾き飛ばし、槍の柄がいとも簡単にへし折られ、その穂先がぎらぎらと輝く水銀灯で照らし尽くされた空中へと弾き飛ばされる。
槍に帯電していたプラズマが虹色の光を煌めかせながら霧散し、槍はただの変哲もない金属の穂先と化して、男のはるか後方のコンクリートの地面の上に落ちた。
男の周囲に横たわる無数の人の気配が息を飲み、次の瞬間、バラバラに踏みつぶされるであろう男に対して、身の程もわきまえずチャンピオンに挑戦した無謀な挑戦者に対して、熱狂とも、悲鳴ともつかない金切り声をあげた。
男が立っているのは、幅四〇〇メートルで長さも四〇〇メートルの巨大な正方形の空間のほぼ中央だった。
周りを囲んでいるのは千五百人以上の人間を収容することのできる巨大な座席。
衆目が血眼になって眺めるのは、その中心で行われる残虐なまでの殺し合いの一部始終だった。
観客の関心はすでに、男がどれだけ無様な死にざまを晒すか、その一点だけに集中している。
両手が萎えてしまった。
あきらめちまえば楽になれると思った。
目の前の、身の丈十五メートルはあろうかという黒と黄色のだんだら模様が、いっぺんに三本の攻撃脚を振り上げる。
その外見はどう表現したとしても「虫のような」という形容を使わざるを得ないような形をしている。
その三本の脚がそれぞれに男を狙う。
右は罠。左は罠。そして正面さえも罠。
すでに避ける気力さえ失せてしまった男は、ただ自分の死を思って振り上げられたその脚を見上げ、いっそ美しいと思う。
破壊のためだけに研ぎ澄まされたその姿は、非力な二本の腕と二本の脚しか持たない自分に比較するには、あまりにもあまりにも、美しすぎる。
そしてただすべてを受け入れようと男は両の目を閉じ、
――いくら待っても何も起きなかった。
目を開けた。
死ぬほど驚いた。
――の質量差は最初からわかっている。それでもやれる。雪風の出力最大で八本脚の左の前から二番目の足元へ滑り込み、モノフィラメントワイヤーを直接照準で放り投げる。二番目と三番目をまとめて縛り上げ、八本脚の腹の下に潜り込んで、雪風の右肩からぶつかるような勢いで、全力で地面を蹴飛ばす。相対速度が違い過ぎて八本脚はまだ反応できていない。完全な死角に入りこんだ雪風は、超至近距離で背中から二本の槍を引きずりぬく。お世辞にも美しいとは言い難い一対の黒い金属製の直槍。鉄杭と表現したほうがぴったりしそうな、長さ一メートルほどのそれを八本脚の右の一番目と左の一番目の付け根目がけて、雪風の肩から相手の腹にぶつかるつもりでぶちこむ。ようやく八本脚が反応するがしかしそんなものは遅過ぎて、モノフィラメントワイヤーの「引き」で左の二番と三番が半ばで切り落とされる。雪風は瞬きもせずに体を翻し、槍を三分の二ほどまでもすでに六本脚となった八本脚の脚の付け根に食い込ませ、ワイヤーを通電焼却して、滑るように八本脚の背中に回る。さらに二本の槍を背中から引きずりぬき、獰猛に砥ぎ澄まされたその穂先で頭部にぐるりと半弧を描いて並ぶ十二個の単眼に狙いをつける。八本脚が恐怖のあまり発狂する。
男の目の前で黒と茶色のだんだらが盛大に転んだ。
どうすることもできなかったのは男のせいではない。
すでにその時点で、男の躰の左半分は、振り下ろされた右の一番目によって押しつぶされていたのだから。
男がその時息をしていて、その光景を見ていられたのはただひたすらに幸運と、生き続けようとする彼の躰の働きのおかげだった。
引きちぎられた左の肺の代わりに右の肺が酸素を血中に取り込み、なんとか破損を免れた心臓は、切断された血管を次々にシャットダウンし、血液の喪失を抑えようとし、同時に末梢の血管を締めあげて血圧を保とうとする。神経系は失われた部分からの狂ったフィードバックを次々と切り離し、中枢神経が出す麻痺性物質が男の神経系の伝達速度を極端に低下させることで、男は痛みをすら感じることなく、ただ目の前で繰り広げられる戦いを見ていることができる。どこかのプロセスがミスロードされて感覚系の一部を加速しすぎで、通常では男に認識できない速度で進行するすべての物事が、男にとってまるでスローモーションのように見える。
押しつぶされた自分の左半身がぐちゃりと崩れる。
作り物の赤い色が付けられた、けれどちゃんと血液として機能している血が飛び散って、黒いコンクリートと、黒と黄色のだんだらの脚と、緑色の髪に真っ白なバトルスーツを着込んだアンドロイドを等しく汚していく。
男は見た。
そのアンドロイドは女の子で、右の肩にはスーツと同じ色の猫を乗せていて、左の肩には筆の筆致でこう書かれていた。
『雪風』
七秒だ。
それが、雪風が八本脚の化け物を倒すのにかかった時間だ。
雪風はもちろん戦闘用アンドロイドで、外見は十五歳くらいの人間の女の子で、製造されてから十二年と八か月で、そして倭の相棒だった。
今ではもうあまり出番もなくなっているが、最初から最後まで、倭にとって最も信頼できる相手と言えばこの雪風しかいなかった。
雪風からの質問信号。540°以上ある広角視覚に滑り込んでくる黒と黄色のだんだらの、左の四番目。避けるか受けるかの選択肢に対し、倭は単純明快な答えを出した。
攻撃あるのみ。
凶悪な速度と角度と質量で迫る左の四番目か雪風の頭部をひねり潰す60ミリセカンド前に、雪風は八本脚の単眼の半分を潰していた。複合センサーを潰された八本脚は、照準で雪風をトレースすることができず、盛大に空振りする。脚が足らず、バランスがどうしようもなく崩壊し、鈍重な音を響かせながら八本脚が左を下にしてコンクリートにぶつかる。その背中の上を滑るように雪風が、槍をその場に残したまま八本脚の死んだセンサーの死角へと潜り込む。八本脚のちゃちな、しかしそれでも感情を模倣することくらいはできるプロセッサーが恐怖に喘ぐ。無茶苦茶な動きで生きている両方の一番目を動かそうとして、その脚が根元からへし折れる。雪風のねじ込んだ槍が攻撃脚のメインフレームを砕いていたのだ。
それでも八本脚はあがいた。
スモークディスペンサーがぽぽぽぽぽぽん! という情けない音を立てて炸裂し、周囲に熱と音響と匂いを欺瞞するスモークをまき散らす。ろくな照準もせずに背中のクラスターランチャーを起動し、発射された親機から打ち出された数十個の子機が、八本脚の頭上十メートルで炸裂する。子機が爆発する際に発生する無慮数百の破砕した金属片が、爆発の威力そのままに地面といわず八本脚の背中の装甲と言わず、ハチの巣にしていく。
しかしそこに雪風の姿はない。
慌てた八本脚が、残されたセンサーを総動員して地面の上を舐めるように索敵する。
ようやく気づいた。
しかしもう遅すぎる。
光と熱と匂いを欺瞞するスモークの靄の向こう。
クラスターの射出よりも早く八本脚の背中を蹴り、無数の金属片が降り注ぐより早く、雪風はその効果圏内から遠ざかっている。
最後の悪あがきをするように八本脚が攻撃脚をすべて切り離す。腹部に仕舞い込まれていたスラスターに点火。緊急回避に使用するだけの金属圧縮されたわずかな燃料は全力噴射で十秒ともたないが、それでも十分だ。
このちっぽけなアンドロイドをひねり潰すには。
同時に、雪風と倭も思考した。
八本脚を叩き落すには、一秒で充分だ、と。
雪風が背中から長大な斬甲刀を引きずりだす。刃というには凶悪すぎ、武器というにはあまりにも巨大すぎる。雪風が、倭からのマスターコマンドを完璧にトレースしてにやりと笑う。雪風の肩の上で倭も笑う。
最大脚力でコンクリートを蹴飛ばす。まるで弾丸そのもののように15Gで加速。切り離された攻撃脚を足場にして大きな弧を描くように宙に舞う。大上段に刀を構える。
必ず当たるし必ず死ぬという、物理法則ででもあるかのような威圧を持った一撃。
それが、八本脚の残るセンサーごと、その胴体を頭から尻まで真っ直ぐに、一直線に切断した。
最後に起きた爆発は、あっけないほど小さいものだった。
そこまでで七秒だった。
爆発に巻き込まれ、男のプロセッサがオーバーフローしてしまい、その後のことはよく覚えていない。
次に気がついたのは、闘技場の医務室のリペアヴァットの中だった。
温いナノマシン保護液の中に浮かびながら目を開けた男が目にしたのは、あれほどの戦いをしてのけた雪風の、思いもかけない姿だった。
あの時。
闘技場のルールはあってないようなものだし、戦闘は一対一と決められているわけではない。あの時倭と雪風が乱入してきたのは、マッチメーカー側の意図だったのかもしれない。あるいは、単に倭と雪風が、強い相手と戦いたかっただけなのかもしれない。
しかしそんな細かいことは男にとって興味も関係もないことで、後で何か聞かされたような気もするがはっきりとは覚えていない。
すべてはプロセッサのノイズの彼方だ。
しかしその時の、その光景をなぜか、男はよく覚えている。
バトルスーツを脱いだ、Tシャツにスパッツという出で立ちで寛ぐ雪風の膝の上で、丸くなって毛づくろいをされている白い猫の――倭の姿を。
正確無比の照準が、情け容赦もない斬撃が、迷いなど一つもない追撃が、男に襲いかかってくる。
強い。
強すぎる。
こいつは化け物か。
すでに戦意など喪失しきっていて、それでもただひたすらに死にたくはなくて、男は手にした得物をがむしゃらに振り回す。
面白いように一つも当たらない。
対戦相手の、外骨格に覆われた黒と茶色のだんだら模様の、四対計八本の巨大な攻撃脚が、無造作に男の繰り出した渾身の突きを弾き飛ばし、槍の柄がいとも簡単にへし折られ、その穂先がぎらぎらと輝く水銀灯で照らし尽くされた空中へと弾き飛ばされる。
槍に帯電していたプラズマが虹色の光を煌めかせながら霧散し、槍はただの変哲もない金属の穂先と化して、男のはるか後方のコンクリートの地面の上に落ちた。
男の周囲に横たわる無数の人の気配が息を飲み、次の瞬間、バラバラに踏みつぶされるであろう男に対して、身の程もわきまえずチャンピオンに挑戦した無謀な挑戦者に対して、熱狂とも、悲鳴ともつかない金切り声をあげた。
男が立っているのは、幅四〇〇メートルで長さも四〇〇メートルの巨大な正方形の空間のほぼ中央だった。
周りを囲んでいるのは千五百人以上の人間を収容することのできる巨大な座席。
衆目が血眼になって眺めるのは、その中心で行われる残虐なまでの殺し合いの一部始終だった。
観客の関心はすでに、男がどれだけ無様な死にざまを晒すか、その一点だけに集中している。
両手が萎えてしまった。
あきらめちまえば楽になれると思った。
目の前の、身の丈十五メートルはあろうかという黒と黄色のだんだら模様が、いっぺんに三本の攻撃脚を振り上げる。
その外見はどう表現したとしても「虫のような」という形容を使わざるを得ないような形をしている。
その三本の脚がそれぞれに男を狙う。
右は罠。左は罠。そして正面さえも罠。
すでに避ける気力さえ失せてしまった男は、ただ自分の死を思って振り上げられたその脚を見上げ、いっそ美しいと思う。
破壊のためだけに研ぎ澄まされたその姿は、非力な二本の腕と二本の脚しか持たない自分に比較するには、あまりにもあまりにも、美しすぎる。
そしてただすべてを受け入れようと男は両の目を閉じ、
――いくら待っても何も起きなかった。
目を開けた。
死ぬほど驚いた。
――の質量差は最初からわかっている。それでもやれる。雪風の出力最大で八本脚の左の前から二番目の足元へ滑り込み、モノフィラメントワイヤーを直接照準で放り投げる。二番目と三番目をまとめて縛り上げ、八本脚の腹の下に潜り込んで、雪風の右肩からぶつかるような勢いで、全力で地面を蹴飛ばす。相対速度が違い過ぎて八本脚はまだ反応できていない。完全な死角に入りこんだ雪風は、超至近距離で背中から二本の槍を引きずりぬく。お世辞にも美しいとは言い難い一対の黒い金属製の直槍。鉄杭と表現したほうがぴったりしそうな、長さ一メートルほどのそれを八本脚の右の一番目と左の一番目の付け根目がけて、雪風の肩から相手の腹にぶつかるつもりでぶちこむ。ようやく八本脚が反応するがしかしそんなものは遅過ぎて、モノフィラメントワイヤーの「引き」で左の二番と三番が半ばで切り落とされる。雪風は瞬きもせずに体を翻し、槍を三分の二ほどまでもすでに六本脚となった八本脚の脚の付け根に食い込ませ、ワイヤーを通電焼却して、滑るように八本脚の背中に回る。さらに二本の槍を背中から引きずりぬき、獰猛に砥ぎ澄まされたその穂先で頭部にぐるりと半弧を描いて並ぶ十二個の単眼に狙いをつける。八本脚が恐怖のあまり発狂する。
男の目の前で黒と茶色のだんだらが盛大に転んだ。
どうすることもできなかったのは男のせいではない。
すでにその時点で、男の躰の左半分は、振り下ろされた右の一番目によって押しつぶされていたのだから。
男がその時息をしていて、その光景を見ていられたのはただひたすらに幸運と、生き続けようとする彼の躰の働きのおかげだった。
引きちぎられた左の肺の代わりに右の肺が酸素を血中に取り込み、なんとか破損を免れた心臓は、切断された血管を次々にシャットダウンし、血液の喪失を抑えようとし、同時に末梢の血管を締めあげて血圧を保とうとする。神経系は失われた部分からの狂ったフィードバックを次々と切り離し、中枢神経が出す麻痺性物質が男の神経系の伝達速度を極端に低下させることで、男は痛みをすら感じることなく、ただ目の前で繰り広げられる戦いを見ていることができる。どこかのプロセスがミスロードされて感覚系の一部を加速しすぎで、通常では男に認識できない速度で進行するすべての物事が、男にとってまるでスローモーションのように見える。
押しつぶされた自分の左半身がぐちゃりと崩れる。
作り物の赤い色が付けられた、けれどちゃんと血液として機能している血が飛び散って、黒いコンクリートと、黒と黄色のだんだらの脚と、緑色の髪に真っ白なバトルスーツを着込んだアンドロイドを等しく汚していく。
男は見た。
そのアンドロイドは女の子で、右の肩にはスーツと同じ色の猫を乗せていて、左の肩には筆の筆致でこう書かれていた。
『雪風』
七秒だ。
それが、雪風が八本脚の化け物を倒すのにかかった時間だ。
雪風はもちろん戦闘用アンドロイドで、外見は十五歳くらいの人間の女の子で、製造されてから十二年と八か月で、そして倭の相棒だった。
今ではもうあまり出番もなくなっているが、最初から最後まで、倭にとって最も信頼できる相手と言えばこの雪風しかいなかった。
雪風からの質問信号。540°以上ある広角視覚に滑り込んでくる黒と黄色のだんだらの、左の四番目。避けるか受けるかの選択肢に対し、倭は単純明快な答えを出した。
攻撃あるのみ。
凶悪な速度と角度と質量で迫る左の四番目か雪風の頭部をひねり潰す60ミリセカンド前に、雪風は八本脚の単眼の半分を潰していた。複合センサーを潰された八本脚は、照準で雪風をトレースすることができず、盛大に空振りする。脚が足らず、バランスがどうしようもなく崩壊し、鈍重な音を響かせながら八本脚が左を下にしてコンクリートにぶつかる。その背中の上を滑るように雪風が、槍をその場に残したまま八本脚の死んだセンサーの死角へと潜り込む。八本脚のちゃちな、しかしそれでも感情を模倣することくらいはできるプロセッサーが恐怖に喘ぐ。無茶苦茶な動きで生きている両方の一番目を動かそうとして、その脚が根元からへし折れる。雪風のねじ込んだ槍が攻撃脚のメインフレームを砕いていたのだ。
それでも八本脚はあがいた。
スモークディスペンサーがぽぽぽぽぽぽん! という情けない音を立てて炸裂し、周囲に熱と音響と匂いを欺瞞するスモークをまき散らす。ろくな照準もせずに背中のクラスターランチャーを起動し、発射された親機から打ち出された数十個の子機が、八本脚の頭上十メートルで炸裂する。子機が爆発する際に発生する無慮数百の破砕した金属片が、爆発の威力そのままに地面といわず八本脚の背中の装甲と言わず、ハチの巣にしていく。
しかしそこに雪風の姿はない。
慌てた八本脚が、残されたセンサーを総動員して地面の上を舐めるように索敵する。
ようやく気づいた。
しかしもう遅すぎる。
光と熱と匂いを欺瞞するスモークの靄の向こう。
クラスターの射出よりも早く八本脚の背中を蹴り、無数の金属片が降り注ぐより早く、雪風はその効果圏内から遠ざかっている。
最後の悪あがきをするように八本脚が攻撃脚をすべて切り離す。腹部に仕舞い込まれていたスラスターに点火。緊急回避に使用するだけの金属圧縮されたわずかな燃料は全力噴射で十秒ともたないが、それでも十分だ。
このちっぽけなアンドロイドをひねり潰すには。
同時に、雪風と倭も思考した。
八本脚を叩き落すには、一秒で充分だ、と。
雪風が背中から長大な斬甲刀を引きずりだす。刃というには凶悪すぎ、武器というにはあまりにも巨大すぎる。雪風が、倭からのマスターコマンドを完璧にトレースしてにやりと笑う。雪風の肩の上で倭も笑う。
最大脚力でコンクリートを蹴飛ばす。まるで弾丸そのもののように15Gで加速。切り離された攻撃脚を足場にして大きな弧を描くように宙に舞う。大上段に刀を構える。
必ず当たるし必ず死ぬという、物理法則ででもあるかのような威圧を持った一撃。
それが、八本脚の残るセンサーごと、その胴体を頭から尻まで真っ直ぐに、一直線に切断した。
最後に起きた爆発は、あっけないほど小さいものだった。
そこまでで七秒だった。
爆発に巻き込まれ、男のプロセッサがオーバーフローしてしまい、その後のことはよく覚えていない。
次に気がついたのは、闘技場の医務室のリペアヴァットの中だった。
温いナノマシン保護液の中に浮かびながら目を開けた男が目にしたのは、あれほどの戦いをしてのけた雪風の、思いもかけない姿だった。
あの時。
闘技場のルールはあってないようなものだし、戦闘は一対一と決められているわけではない。あの時倭と雪風が乱入してきたのは、マッチメーカー側の意図だったのかもしれない。あるいは、単に倭と雪風が、強い相手と戦いたかっただけなのかもしれない。
しかしそんな細かいことは男にとって興味も関係もないことで、後で何か聞かされたような気もするがはっきりとは覚えていない。
すべてはプロセッサのノイズの彼方だ。
しかしその時の、その光景をなぜか、男はよく覚えている。
バトルスーツを脱いだ、Tシャツにスパッツという出で立ちで寛ぐ雪風の膝の上で、丸くなって毛づくろいをされている白い猫の――倭の姿を。
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